His:story

Historyの語源は古代ギリシア語の「ἱστορία(ヒストリア)」=「探求」だと言われるが、ここではあえて俗説である「His Story(彼の物語)」という解釈を採用してみたい。 つまり、このページは客観的な「歴史」ではなく、あくまで私個人の「主観的な物語」であるという言い訳…いや、宣言である。

インターネットに「体温」を取り戻すために。

私がWebの世界に足を踏み入れたのは、まだインターネットが「草創期」と呼ばれていた頃。古書店が立ち並ぶ、東京神田神保町での創業でした。

本屋がすぐ近くにあるあの街で、私たちが作っていた当時のWebサイトには、今の時代のようなどこを切っても金太郎飴のような「SEO対策済みのコラム」や、人を煽り立てるような「マーケティング用語」はありませんでした。
そこにあったのは、画面の向こうにいる誰かに「自分たちの本当の姿を伝えたい」という、手探りだけど誠実で、少し不器用な「体温のある言葉」たちです。

その後、ITの中心地である渋谷へと拠点を移して15年以上。大手デベロッパーのWebマスター業務から中小企業のブランディングまで、数え切れないほどの「Webの泥臭い現場」に立ち合い、Webサイトを作り続けていました。
小さな会社ですが、おそらく100以上のWebサイトに関わったと思います。

気がつけば、ネットの世界は「いかに検索順位を上げるか」「いかにアクセス数を稼ぐか」という、数字を追いかけるだけの冷たい集客ゲームの場に変わってしまいました。

しかし今、AI検索(ChatGPTなど)の登場によって、その古いゲームは終わろうとしています。

AIがネット上の情報を要約して答えてくれる時代に、薄っぺらい記事を量産する意味はありません。今、企業に本当に必要なのは、自社が「何者であり、何をやらないのか」という独自の哲学を、もう一度、あの草創期の頃のように自分の言葉で誠実に語り直すことです。

私は大学院で哲学(現象学)を学んでいた、少し変わった、おそらくあまりない経歴を持つWebの実務家です。

だからこそ、「AIには構造化データという冷徹な論理を。そして人間が読む表側の画面には、企業本来の体温のある表現を」という、これからの時代の明確な役割分担をご提案しています。

立派な戦略を描いて終わる「口出しだけのコンサルタント」ではありません。経営者の方との深い壁打ちを通じて事業の輪郭を探り当て、自らの手で文章を練り、自らの手でAI向けのコード(デジタル登記)を実装する。それがハビタスの「Webコンテンツ戦略」です。

昔のインターネットの「まじめで、ちょっとゆるい、だけど誠実な空気」を思い出しながら、御社だけの確固たるデジタル資産を一緒につくっていけたら嬉しく思います。

His:Story:本人による略歴
(あるいは、だいたい失敗と挫折からなるおはなし)

代表取締役
森 幸久(もり ゆきひさ)

三重県生まれ。大学院で哲学(現象学)を学んだ後、なぜかIT業界へ。

【創業前夜:神童の終焉と、底の抜けの日々】

小中学生の頃、幼き神童と周囲からおだてられ、世界をすべて理解したと誤解する。

大学受験失敗により、地元を離れて、予備校通い。神童はただの凡人だったと認めざるを得なくなる。

■浪人生の時代。
住んでいたアパートの「共同トイレが底抜けして階下に落ちる」という、珍事が発生。
まだ携帯電話もない時代。友人から電報が届く。ひとこと「明日、ノート返してください」
寒い深夜のドーナツ屋で、一枚のコインを握りしめて泣く。哲学を意識する。

■東京での大学生活始まる
大学は奇人変人揃い。さらに自分は凡庸であると認めざるを得なくなる。
時はバブル時代。大騒ぎの調子こいた大学生たちについて行けず、アンダーグラウンドに向かう。
そこは同じようにバブルの時代に乗れない連中がたくさんいることに気づく。
毎日が腹がよじれるほど笑う日々のおかげで、腹筋を鍛える。
(のちに彼らの一部は「だめ連」と称し、一部でウケたムーブメントとなる)
同時に激しい躁鬱を経験する。自分は世界で最も孤独だと傲慢にも感じる。鏡を眺めながら酒を飲む。

■フランス遊学
世界は広かった。ヨーロッパ文化の深さを知る。
とある人との運命的な出会いがあり、ずいぶん世話になる。
そのおかげで孤独に陥ることもなく、極めて文学的かつ貴族的な時間を過ごし、倫敦に留学した夏目漱石のように胃潰瘍になることもなく、大いに見聞を広めハメもはずす…が
パリのある日の朝、目覚めると耳が赤く腫れ上がり二倍の大きさになっていたのには驚いた。
原因は未だに不明である。(数日後元に戻る)

■帰国後。大学復帰
日本で一番貧乏だと思う(思い上がり甚だしい。明らかに間違いである)
大学の卒業論文を書いている途中、ワープロで半年かかって書いたデータを提出締め切り一週間前に全て喪失する。
(あっ…と一言発声し、その後沈黙…心臓の音だけが聞こえるという)
それ以後、デジタルを信用できなくなる。
(この経験が現在のLLMとの関係にも影響を及ぼしていると思っている。厳密に定義することが大事)
哲学専攻だったものの、大学院浪人となり、仕送りは絶たれ、毎日アルバイトと図書館通い、そして前日の売れ残りのメロンパン6個100円の日々。救いは、文学と淡い恋心であった。

■大学院生の頃。
激動の精神状態となる。天国と地獄。
読書三昧というといいように聞こえるかもしれないが、無茶な読書。
わけもわからず、ジャンルも問わず1日1冊を自分に課す。その上で哲学書と格闘する。
1年後なんとなくわかったような気になって調子に乗る。
同じような仲間と勉強会、読書会を繰り返す。
彼らはその後、立派な研究者となり、現在も活躍中。
修士論文は自信満々で提出したら、なぜか本当に高い評価をうける。逆に驚く。
指導教授から博士課程への進学を勧められるものの、人間惜しまれるウチが花なのよ…と
カッコつけてみたものの、さすがに自分の能力に限界を感じ、要するに挫折。
とはいえ、その頃いくらか精神状態に錯乱をきたしつつあり、このままでは藤村操化するかもという恐怖を味わう。
しかし、それほど思い詰める性格ではなかった。

【1996年〜:便乗と、根拠なき自信の時代】

大学院卒業後、職務経験全くなしの頭でっかちの青年を雇ってくれるところなどなく、教授から話のあったできたてのITベンチャーになにひとつ希望を抱くことなく就職。
入社当日から辞めることを考えるが、他にやることもなく、いく場所もなく、話せる友もなく、カネもない。
まったく前向きにはなれず、ラグビーのように前に走っているがパスはうしろに出す、あるいはエビのように前は向いているが常に後に下がる日々。当然のごとく1年で辞める。

しょうがないので、当時のSOHOブームに便乗して「Unit Copula」を設立する。
今思えば仕事のまねごとのようなもの。
生かぬよう、死なぬようというレベルだが、社会の雰囲気に助けられなんとか生き延びる。
まだ、世の中捨てたものではなく、なんのビジネス知識もない、社会常識もない自分たちに親切にも仕事を教えてくれる人たちがいた
(かなり怒鳴られながらも)。
彼らの多くがその後出世したかどうかは知らない。だが感謝している。
「哲学的な視点からWebを捉える」という、当時の自分でもよく分かっていない独特の企画提案?をぶら下げて営業に回り、
なぜか大手不動産会社や放送局から仕事を受注してしまう。
インターネット黎明期の勢いと、哲学という言葉の響きが幸いしたのか、すべてを煙に巻いていた時代だった。
この頃、なぜか極端に「和傾化」し、寄席通い、盆栽いじりを趣味とする。

【2002年〜:ハビタス設立と「骨太」への悟り】

有限会社ハビタスを設立 。
「哲学的ウェブサイト構築」という看板を掲げ、一部のメディアから「骨太な提案である」と評価される。
人文科学系の特異な?人脈を活かして企業のWebサイトのコンサルティングを中心に活動する。
コンテンツのネタ作りは得意であったし、ウケた。とにかく「ユーモア」が大事なのだ。
「ものは言いようである」と悟る一方で、その骨太さがいつまで続くのかという一抹の不安を抱えながら、数々の現場を這いずり回る。

【2006年〜2022年:再訪と迷走、そして沈殿】

早稲田大学で哲学の客員研究員となり、久々に大学の研究室に戻る。
本業のウェブビジネスの傍ら、たまには哲学研究者にもなり、さらに活躍の範囲を広げ、なんとか複数の人生を生きようと努力する。
10年のブランクをはねのけられるとカッコいいのだが、まったく議論についていけず、足を引っ張らないように、隅の方にいるようにしているが、二次会では活躍。
その後、クイズ会社の設立と離職、ハビタスの組織再編など、迷走を繰り返す。

比較的長く?WEBサイトと哲学・思想に関わってきたことから、友人、知人、はたまた顧客から哲学噺が面白いと一部で評判になり、
いっそWEBのコンテンツ作りに応用しないか?と勧められ、図々しくも調子に乗り、その気になって、WEBコンテンツのアドバイザー業務を開始する。ここから「コンテンツストラテジスト」と名乗ることにする。
ちょっとした哲学ブームなのか?思いのほか好評となる。(「哲学=愉しい知識」だからね)
経営者へのデジタル相談の壁打ち相手や、講演会、社内のデジタルについてのレクチャなど、都度都度の無理難題になんとか応えられるように精進し、WEBサイトを「愉しい知識」の宝庫であると位置づけ、企業ウェブ担当者の苦労を気分だけでも取り除いていた。

【2024年〜 現在:詩がない(しがない)世界に愛(AI)の言葉を】

AI(大規模言語モデル)の台頭により、まさかの時代到来。
生成AIが世界を席巻し始める中、「言葉の定義」や「論理構造」こそがAIを動かす鍵であることを知る。
巷の哲学者ブーム(インチキ)?には辟易しつつも、なにやらAIの登場によっていくらか哲学を感じる。
しかし、やはりこれは英米系分析哲学的だなとは思いつつも、これまで「哲学的ウェブ構築なんてあるのか?!」と自虐的に考えていたが、AIにとってはロゴス(論理)がなにより重要であることに気づく。オレの(哲学の?)出番か(錯覚)…?と思う。
長年ずっと気にしていた「コンテンツの構造化」が最新のAI技術と奇妙な結びつきを果たしているようだ。
それならば…と、これまで人間向けに作ってきたWebサイトをAIが参照すべき「戦略的データハブ(Strategic Data Hub)」として再定義することに活路を見出す。

テクノロジーの進化に追いつかれたのか?追い越されたのか、なんだかわからないけれど、「人には情緒を、AIには論理を」という(違うところで話題の)二刀流を掲げ、Webコンテンツアーキテクトとして何度目かの活躍?をしつつある。