#191 Key Persons Insights - Webサイトとマネジメントの視点 - Vol.2【前編】

Dec 09, 2025By habitus
habitus
熟練クリエイターが本音で語る プロを動かす『良識』と『情熱』
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熟練クリエイターが本音で語る、プロを動かす『良識』と『情熱』

「デジタル知識」は要らない。

はじめに:昔は「大工の棟梁」、今は「巨大な機械の歯車」?

聞き手(ハビタス): 橋本さんとはもう28年近い付き合いになります。Web黎明期から今の業界を見てきて、クリエイターの立ち位置ってどう変わってしまったと感じますか?

橋本氏: 昔はですね、Webサイトを作るって、例えるなら「家を建てる」みたいな感覚だったんですよ。大工の棟梁みたいに、「ここに柱を立てて、壁はこうしよう」って、全体を見渡して、コピーも写真もデザインも全部自分たちで考えて作ってた。何でも屋だったけど、その分「魂」が入っていた気がします 。

でも、2000年代に入ってサイトが大規模化して、分業が進みましたよね 。設計する人、デザインする人、コーディングする人って。効率は良くなったし、大規模なCMSも導入できるようになった。でもその弊害として、デザイナーが「巨大な機械の歯車」みたいになっちゃった 。

聞き手(ハビタス): 歯車、ですか。

橋本氏: そうですね。日本だと特に、「デザイナー=見た目を整える係」だと思われがちじゃないですか 。これには文化的な違いもあって、欧米だとアートディレクターが最初に「どういう体験をさせるか」というビジュアルインパクトを考えるんですけど、日本だとコピーライターが構成を決めて、デザイナーは「後付けの装飾係」になることが多い 。 それだと、どうしてもビジネスの根幹に関われない。「とりあえず綺麗にしといて」で終わっちゃうもどかしさは、今の現場には蔓延してますよね 。

 
§1:「ワイヤーフレーム」が想像力を殺している

聞き手(ハビタス): 確かに最近は「ワイヤーフレーム(構成案)通りに作ってください」という依頼も多いです。発注側としては、具体的に指示した方がいいと思っている節があります。

橋本氏: ぶっちゃけて言うと、僕は「ワイヤーフレームは想像力を阻害する」と思ってるんです(笑) 。

「ここにこの要素を置いて」ってガチガチに決められた設計図を渡されると、デザイナーはどうしても「その通りに作ること」が正解だと思っちゃう 。それってクリエイティブじゃなくて、ただの作業、塗り絵じゃないかと。 僕は、ワイヤーを一回見たら、あえて頭から追い出すようにしてます。「ワイヤーにはこうあるけど、ユーザーを驚かせるならこっちの配置の方が良くない?」って考えたいから 。

聞き手(ハビタス): なるほど。あえて崩すわけですね。

橋本氏: 本当のプロなら、ワイヤー通りじゃなくて「あなたの最適解を出して」って言われた方が燃えるし、結果的にいいものができるんですよ 。 でも最近は「ワイヤーがないと作れません」っていうデザイナーも増えてるから、悩ましいところですよね 。発注者の方も、「言われた通りに作る人」じゃなくて、「もっと良くするにはどうすればいい?」って提案してくれる人を探すべきだと思いますよ。

 
§2:「素材」をケチると、プロでも救えない

聞き手(ハビタス): 現場で一番困ること、あるいは「ここは譲れない」というポイントは何ですか?

橋本氏: 圧倒的に「素材(写真や原稿)」の問題ですね 。

よく「デザインでなんとかして」って言われるんですけど、素材が悪いと、どんな名シェフでも美味しい料理は作れないと思うんですよ 。特に写真は、サイトの印象を決定づけます。「予算がないからフリー素材で」っていう依頼も多いけど、あれは本当にもったいない。

聞き手(ハビタス): 「よく見るあの人」が出てくると、一気に冷めますよね(笑) 。

橋本氏: そうそう。電車乗ってて広告見ると、「あ、このモデル、あの素材集の人だ」ってすぐ分かる(笑) 。あれを見た瞬間、その企業の独自性はゼロになるわけです。 例えば、フリー素材なら数千円、プロのカメラマンならその5倍、10倍かかるかもしれない 。でも、そこで撮った「唯一無二の写真」がユーザーに与える信頼感や記憶の残り方は、50倍くらい違うと思うんです 。

聞き手(ハビタス): 5倍のコストで50倍の効果なら、投資としては破格ですね 。

橋本氏: Webサイトを作る技術的なハードルは下がってるんだから、浮いたコストは全部「素材」に突っ込むべきなんです 。そこをケチると、本当に誰の記憶にも残らない、空気みたいなサイトになっちゃいますよね 。

Web担当者の「情熱」が全て

§3:結局、担当者の「情熱」が全て

聞き手(ハビタス): 多くのプロジェクトを見てきて、成功するサイトと失敗するサイト、分かれ目はどこにあると思いますか?

橋本氏: 精神論に聞こえるかもしれないけど、やっぱり「担当者の情熱」なんですよね 。これに尽きる。

よくあるのが、総務部の方が「本来の業務があるのに、ついでにWeb担当もやらされてる」パターン 。これだと、「面倒くさいな、早く終わらせたいな」っていう空気が伝わってくる 。そういうサイトは、やっぱりそれなりのものにしかならないんです。

聞き手(ハビタス): ただ、中小企業の担当者さんは「自分はIT知識がないから…」と引け目を感じていることが多いです。専門知識は必須でしょうか?

橋本氏: いや、専門知識なんて要らないですよ。中小企業の方って「すごいデジタル知識がないとダメなんじゃないか」って思いがちですけど、必ずしもそうじゃない 。 むしろ、中途半端に知識があって「ここはこういうコードで」とか「こういう色の方が目立つんじゃない?」とか言われるより、知識はなくても「この商品を売りたいんです!」「なんとかしたいんです!」って熱意を持って動ける「普通の優秀なビジネスパーソン」であってほしい 。

聞き手(ハビタス): なるほど。分からないことはプロに任せればいいと。

橋本氏: そうです。デザインや技術的なことは僕らプロに聞けばいいんです。それより、社内の調整をするとか、いい素材を集めるために奔走するとか、ビジネスマンとしての「当たり前のこと」を情熱を持ってやってくれる方が、僕らは100倍助かるし、いい仕事ができます 。

経営者の方に言いたいのは、高いシステムを入れる前に、「熱意ある人をアサインして、権限を与えること」 。これが一番の投資かもしれないですね。

 
(後編では、オペレーターではない「本物のプロ」を見抜くための具体的なテスト方法と、AI時代におけるクリエイティブの「仕掛け」について深掘りします。)

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橋本弘(はしもとひろし)
大学卒業後は専攻していた建築をあきらめ、フリーターからスタート。DTPデザイナーを経てWebの世界へ。30年近くデザイナー・ディレクターとして活動中。10年前からフリーランス。