#197 Key Persons Insights - Webサイトとマネジメントの視点 - Vol.3【前編】

Dec 18, 2025By habitus
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一般社団法人コミュニティ フューチャーデザイン代表理事:澤尚幸 数理とシステムのプロが解く、自治体を思考停止させる『予算と均質化』の構造的欠陥
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「仕様書」が完成した時点で、そのDXはもう古い。

数理とシステムのプロが解く、自治体を思考停止させる『予算と均質化』の構造的欠陥

はじめに:なぜ「数理のプロ」が、地方創生とDXを語るのか

聞き手(ハビタス): Key Persons Insight、第3回のゲストは、一般社団法人コミュニティ フューチャーデザイン代表理事の澤尚幸さんです。 澤さんは元郵政官僚でありながら、現在は地方創生コンサルタントとして、月の半分以上を地方の現場で過ごされています。

実は彼、元々は大学で数学を専攻していて、官僚時代は『保険数理』や『システム設計』、そして『ALM・リスク管理』のプロフェッショナルだったんですよね。 一見、今の泥臭い地方創生の現場とは遠い世界にいたように見えますが、今日はその『数理とデジタルのプロ』の視点から、なかなか進まない『自治体DXの正体』について、ズバッと切り込んでもらおうと思います。

 
欧州視察と「均質化」のリスク

聞き手(ハビタス): さて、澤さん。2025年は1ヶ月ほどかけてヨーロッパ各地(パリ、ニース、ミラノ、ナポリ、ヘルシンキなど)を視察されてきたそうですね。 あちらのDXやデジタル事情を見てきて、日本との間に『決定的な違い』のようなものは感じましたか? 単に『進んでいる・遅れている』という話ではなく、デジタルと人間の距離感みたいな部分で。

澤氏: 使いやすかったですよ。単にアプリの性能がいいとかではなく、「設計思想」が上手いと感じました。 日本のアプリって、あらゆる細かいケースに対応しようとして複雑になりがちですよね。でも向こうは、例えば電車のワンデーパスみたいに「ここまでは自由に使っていいよ」という「余白」がある。デジタルが全てをガチガチに管理するのではなく、人間が動く余白を残した設計になっているんです。

聞き手(ハビタス): 「余白」ですか。

澤氏: ええ。それと、日本に帰ってくると感じるのが、どこに行っても同じチェーン店ばかりの「ミニ東京」になっていること。 数理の原則では、「均質化」は社会システムのリスクを高め、「多様性」はリスクを抑制(ロバストネスを維持)するんです。日本は、ルールを厳格に適用しようとするあまり、自由度が逆になくなって多様性を危うくしているんじゃないか、とも思います。多様性を求めたのに、効率化・均質化してしまう。欧州で見たのは、デジタルが「効率化」のためじゃなく、「人間が人間らしく過ごす時間を増やす」ために使われている姿でした。

 
§1:なぜ自治体サイトは「巨大な倉庫」なのか

聞き手(ハビタス): その「人間らしさを取り戻すデジタル」という視点で日本の自治体サイトを見ると、真逆を行っている気がしてなりません。 僕らも仕事柄よく見ますが、誰に何を伝えたいのか分からず、ただ情報が羅列されているだけの『巨大な倉庫』になってしまっている。DXと言いつつ、紙をPDFにして貼っただけの『デジタイゼーション』で止まっているのが現状ですが、なぜこの状況が変わらないのでしょうか?

澤氏: これはね、私が元公務員だから痛いほど分かるんですけど(笑)、「過去(前例)」を引きずりすぎているんですよ。 行政には「前例主義」と「無謬性(むびゅうせい:間違いがあってはならない)」という強力な文化があります。

聞き手(ハビタス): 無謬性、ですか。

澤氏: そう。彼らにとって一番のリスクは「過去と違うことをして、何かあった時にその矛盾を説明できないこと」なんです。 だから、紙の書類をテキストデータに打ち直して公開するというたったそれだけでも、「ミスが発生するリスク」がある。でも、ハンコが押された決裁文書をそのままPDFにして貼れば、「原本と同じものがそこにある」という無謬性が担保される。 つまり、あの使いにくい倉庫サイトは、住民のためではなく、「役人のためのアリバイ作り(リスク回避)」として最適化された結果なんじゃないかと。

行政の「前例主義」と「無謬性」の結果、自治体のサイトが「巨大な倉庫」みたいになっている
「前例主義」と「無謬性」が「巨大な倉庫」を生み出す

 
§2:「公平性」の罠と、本当の多様性

聞き手(ハビタス): 企業サイトならターゲットを絞り込めますが、行政には『公平性・万人受け』という足かせがありますよね。 その結果、尖ったUIや最先端のUXを持ち込めず、結局誰にも刺さらないサイトになってしまう。この『公平性』の壁をどう乗り越えればいいと思いますか?

澤氏: そこで「誰でも使える=何もしない(思考停止)か極端に細かい仕様」になるのが行政の悪い癖ですね。 今の技術、特にAIを使えば、性別や居住地といった属性に合わせて「個別最適化」された情報を出すことは可能です。それこそが本来のDXのはず。そういう時代の入り口には来ていますよね。

聞き手(ハビタス): デジタルこそ個別対応が得意なはずだと。

澤氏: そうです。標準的な手続きはデジタルで自動化・個別最適化し、浮いたリソースで、スマホが使えない「デジタル弱者」への手厚いアナログ対応を行う。 これこそが「人間らしい時間」を作るためのDXであり、本当の意味での「公平性」を守ることにつながるはずです。
そして、人間らしさということで言えば、住民にも、完璧を求めない文化、トライアンドエラーを認める文化を醸成していくことが大切です。

 
(後編では、DXを阻む最大の敵である「予算制度」の欠陥と、外部パートナーに求められる「翻訳者」としての役割について深掘りします。)

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澤 尚幸(さわなおゆき)
一般社団法人Community Future Design代表理事
東京大学理学部数学科卒業。郵政省に入省
郵政三事業、特に金融分野の経営戦略、商品開発、経営計画、財務、営業、業務、システムなどに幅広く関わり、省庁再編、郵政公社化、民営化、郵政グループの上場に関わる。日本郵便株式会社の経営企画部長を最後に退社。
総務省地域力創造アドバイザーや、自治体のアドバイザー、アカデミア、民間企業、市民大学など多様なフィールドに同時に関わり、全国の均質化による社会の脆弱性を回避し、地域や人々の持つ個性を豊かにし、多様性があり、持続的で強い社会を目指して活動を継続中。
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