#199 Key Persons Insights - Webサイトとマネジメントの視点 - Vol.3【後編】

「仕様書」が完成した時点で、そのDXはもう古い。
数理とシステムのプロが解く、自治体を思考停止させる『予算と均質化』の構造的欠陥【後編】
はじめに:DXを阻む「見えない壁」の正体
聞き手(ハビタス): 前編では、自治体のウェブサイトがなぜ「使いにくい巨大な倉庫」になってしまうのか、その背景にある「無謬性(間違いがあってはならない)」や「公平性の罠」について伺いました。
後編では、さらに核心部分である「お金(予算)」と「システム調達」の構造的な問題に切り込みます。なぜ、行政のシステムは納品された瞬間に「時代遅れ」になってしまうのか? 数理とシステムのプロである澤さんの視点から、そのメカニズムを解き明かしてもらいます。
§1:最大の敵は「予算制度」。デジタルのスピードに負ける調達構造
聞き手(ハビタス): 自治体DXを阻む最大の要因は、実は「予算と納期のズレ」にあるのではないかと感じています。 行政は基本的に単年度予算ですよね。予算編成期に仕様書を作り、議会を通し、見積もりを取り、業者が開発して納品される頃には、最初の仕様策定から1年以上が経過していることもザラです。
澤氏: そうですね。Webやデジタルの世界で「1年前の仕様」なんて、もはや化石ですよ(笑)。 行政のシステム調達は、家を建てるように最初に全てを決める「ウォーターフォール型」が基本ですが、これが変化の激しいデジタル領域と決定的に相性が悪い。
聞き手(ハビタス): しかし、予算が決まっている以上、仕様を固めないと発注できないというジレンマもあります。
澤氏: そこで思考停止してはいけません。実は、予算の枠組みは変えられなくても、「執行の仕方」で工夫している自治体も出てきています。 例えば、つくば市などの事例が有名ですが、彼らは「アジャイル型」の開発手法を取り入れようとしています(※1)。最初にガチガチに仕様を固めるのではなく、「こういう課題を解決したい」というテーマでパートナーを選び、作りながら改善していくアプローチです。
(※1)つくば市・アジャイル型開発 つくば市では、仕様書で細部を固めすぎず、開発プロセスの中で柔軟に変更・改善を行う「アジャイル開発」を自治体システムに導入する実証実験などを行っている。
参考:Forbes JAPAN|行政にアジャイルは定着するか? つくば市が挑む「委託仕様書」の変革
聞き手(ハビタス): なるほど。「完成形」ではなく「解決策」を買うわけですね。
澤氏: その通りです。本来のリスクヘッジとは、仕様を固定化することではなく、変化に対応できる「柔軟性(アジャイル)」を予算の中に組み込むことなんです。 システム設計の視点で言えば、データベースのような基盤だけしっかり作っておいて、表面のUIや出し方は後から自由に変えられるようにする「作りすぎない設計」が重要になります。まさに、利用者側の余白があるシステムですね。
§2:公平性の呪縛を解く「個別最適化」
聞き手(ハビタス): 柔軟性といえば、前編で話題になった「公平性(万人受け)」の壁も、システム設計次第で超えられるのでしょうか?
澤氏: ええ。行政が陥りがちなのが、例外的なケースまで全てシステムで網羅しようとして、巨大で複雑な「お化けシステム」を作ってしまうことです。 でも、若林恵さんが編集された『次世代ガバメント』(※2)という本でも触れられていますが、本来「デジタルは多様性と相性がいい」ものなんです。
今の時代、標準的なツールを使えば、個人の属性(年齢や居住地など)に合わせて情報を出し分ける「個別最適化」は十分に可能です。むしろ、そのデジタルが持つ柔軟さに合わせて、行政ルールの方を再設計してあげること。そこがポイントですね。
(※2)若林恵(編集)『次世代ガバメント』 黒鳥社発行。行政サービスのデジタル化において、画一的なサービス提供から、ユーザー(住民)中心の「個別最適化」されたサービスへどう移行すべきかを論じた一冊。
参考:『次世代ガバメント』:小さくて大きい政府のつくり方
聞き手(ハビタス): 全員に同じ画面を見せる必要はない、ということですね。
澤氏: そうです。「誰でも使える」を目指して誰も使えないシステムを作るのではなく、デジタルが得意な個別最適化を活用する。 そして、浮いたリソースで、スマホが使えない高齢者などへの「手厚いアナログ対応」を行う。これが、数理的にも最も全体最適化された「公平性」の守り方だと思います。

§3:「現場」と「住民」の乖離を埋める翻訳者
聞き手(ハビタス): そうした新しいアプローチを進めるには、中の人(職員)だけでは限界があります。我々のような「外部のパートナー」には、どんな役割を期待しますか?
澤氏: システムに関わる行政職員が一番困っているのは、システムがわかっていない「上司や議会への説明」です。だからこそ、外部のプロには「ロジック(正論)の提供」を期待したい。
聞き手(ハビタス): ロジック、ですか。
澤氏: ええ。「今の仕様書通りに作ると、納品時にはこう失敗しますよ」と指摘するだけでなく、「他地域ではこういう成功事例があります、失敗事例があります」「『次世代ガバメント』でも提唱されている考え方です」といった、行政内部で通る「エビデンス」と「理屈」を提供してあげてほしいんです。
聞き手(ハビタス): なるほど。単なる制作業者ではなく、行政のリスクを回避するための参謀になれと。
澤氏: そしてもう一つ、「住民の本音」の翻訳者になることです。 行政職員が直接聞いても出てこない住民の不満やニーズを、民間が間に入って拾い上げ、行政にフィードバックする。この役割が、DXの成功には不可欠だと思います。
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澤 尚幸(さわなおゆき)
一般社団法人Community Future Design 代表理事
東京大学理学部数学科卒業。郵政省に入省
郵政三事業、特に金融分野の経営戦略、商品開発、経営計画、財務、営業、業務、システムなどに幅広く関わり、省庁再編、郵政公社化、民営化、郵政グループの上場に関わる。日本郵便株式会社の経営企画部長を最後に退社。
総務省地域力創造アドバイザーや、自治体のアドバイザー、アカデミア、民間企業、市民大学など多様なフィールドに同時に関わり、全国の均質化による社会の脆弱性を回避し、地域や人々の持つ個性を豊かにし、多様性があり、持続的で強い社会を目指して活動を継続中。
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編集後記:ハビタスより
「仕様書でリスクをゼロにしようとして、最大のリスク(陳腐化)を招いている」。 元官僚であり、数理とシステムのプロである澤氏の言葉は、行政だけでなく、多くの日本企業のDXにも通じる本質的な指摘でした。
「アジャイルな予算執行」と「個別最適化」。ハビタスは、制約の多いプロジェクトの中でも、ユーザー(住民)にとっての本当の価値を見失わず、「使われるDX」を実現するためのパートナーでありたいと思います。
「数理とシステムのプロが解く、自治体を思考停止させる『予算と均質化』の構造的欠陥」【前編】を読む
