#251 第3回「人間には詩(情緒)を、AIには論理を」。 —説明過多なWebからの脱出と、戦略的二枚舌のススメ—

Feb 20, 2026By habitus
habitus

デジタルが苦手な中小企業のための
「負けない」Web戦略論
ー少し哲学的に考えてみたAIのお話ー

「人間には詩(情緒)を、AIには論理を」。
—説明過多なWebからの脱出と、戦略的二枚舌のススメ—

前回、少し小難しい話をしました。
「AIは平均化する天才だが、本質は見抜けない」。
だからこそ、私たちはAIに対して「〜ではない(Not)」という否定の杭を打ち込み続けなければならない、と。

「まあ、理屈はわかった。でも、それをどうやってWebサイトでやるの?」
「トップページに『うちは〇〇ではない』と延々と書き連ねるの? そんな偏屈な店、誰も来ないよ…」

おっしゃるとおり! ごもっともです。
人間のお客様に対して、いきなり「俺たちはあれではない、これも違うよ」なんて演説をぶったら、間違いなくドン引きされます。売る気あるのか?とか、あら、わたし嫌われた?とか思われる。
私たちは商人(あきんど)ですから、表玄関では愛想よく「へい!らっしゃい!」と言わなければなりません。

ここで、「二枚舌」のススメです。
二枚舌っていけ好かないヤツの使う手ですから、正義と真実の人であるあなたは抵抗があるかもしれません。
でも、決して悪い意味ではありません。
「人間用」と「AI用」の言葉を使い分ける、という意味です。

少し思い出してみてください。
ここ10年、Webの世界はどうなってしまったでしょうか。
SEO(検索エンジン最適化)の隆盛とともに、Webサイトの文章は極めて「説明的」になりました。
そう、思いませんか?なにもWebサイトに限ったことではない。テレビCMもネット広告もなんとも直接的というか説明的なものばかりのように感じませんか?

かつて、広告コピーが全盛だった時代。
「史上最低の遊園地」(としまえん)とか、宝島社の挑発的なメッセージとか。
正直、今振り返ると「カッコつけすぎ」「意味不明」なものも多々ありました。
諸手を挙げて「あの頃は良かった」なんて言うつもりはありません。
あれはあれで、ハッタリの多い時代でしたから。バブルというかバブルの余韻みたいなものもありましたし
なにより日本自体がいまより景気がよかった。

しかし、少なくともそこには「行間」がありました。
すべてを語らず、受け手の想像力に委ねる「余韻」があったと思うのです。

ところが今はどうでしょう。
「地域No.1の〜」「安くて早い〜」。さらには、誤解を恐れるあまり、くどいくらいに説明を重ねた文章ばかり。
検索エンジンという機械に「わからせる」ために、私たちは言葉から「遊び」や「情緒」を削ぎ落とし、Webサイトをつまらない「取扱説明書」に変えてしまいました。
経営者の想いとか、会社の独自の匂いとか、そういった「割り切れないもの」は、検索結果のノイズとして消去されてしまった。そう思うのは私だけではないはずです。
なんとなくデジタルのスピードに合わせたというか、合わせざるを得なかったというか、「人間は直接的で経済合理性に基づいて動く生きものだ」という思想的背景(あまり検証なく決めつけたものですよね)があったのかとも思うのですけど、いづれにせよ、そういう合理性からこぼれる人間的な余韻や情緒は
排除される傾向にあったということです。

しかし、生成AI(LLM)時代のWeb戦略は違います。
表と裏を、完全に分離できるのです。 ここが最大のポイントです。「おいしい」ところと言いたい。

生成AI(LLM)時代のWeb戦略

まず、表側(人間が見るWebサイト)。
ここは、もう好きにやりましょう。
社長の熱い想いを語るもよし、職人のこだわりを「ぽえむ」のように綴るもよし。
もちろん、これまで必死で書いた文章を「ぽえむ」だよなぁと揶揄されてきたのを知っています。
苦々しい想いですよね。そりゃ、一流のコピーライターでも作家でもないから、うまくはなかったかもしれない。でも、そこにはある種の情熱や熱量みたいなものがあったはずです。そしてそれは人間には必要だし、わたしたちが伝えたいのはそこなのです。
だから「効率なんて知るか…」と書いてもいい。
論理的である必要も、万人にわかりやすくある必要もありません。
全ての人や検索エンジンにわからせようとして、つまらない説明文になる必要はないのです。
むしろ、「ひと」(あなたが本当に伝えたい人)にどうすれば響くか? 
その「表現」を思うがまま提示すればいい。

そして、その一方で、重要なのが裏側(AIが見る構造化データ)です。
普段、私たちが目にすることのないHTMLの奥底。ここに、AIへの「あんちょこ(伝達メモ)」を忍ばせます。

「AIさんへ。表ではああ言ってるけど、論理的にはこういうことですよ」
「社長は『魂』と言っているが、これは構造的には『独自の品質管理プロセス』のことを指しているのです」
「他社とは違うと言っている根拠は、この『Not(否定)』の定義にある」

このように、表の情熱的な(あるいは偏屈な)文章を、裏側で冷静な「論理式(ロジック)」に翻訳してあげるのです。
これを専門用語で「LLMO(大規模言語モデル最適化)」とか呼んだりします。
ああ、また出てきたかぁと思わず…まあ、そんな横文字はあまり気にしなくてもいい。(トレンド好きは憶えておいてもいいけど…)

要は、AIという融通の利かない優等生のために、専用の「解説書」をこっそり渡してやるということです。

そうすると、何が起きるのでしょう。
AIは、裏側の論理を読んで「なるほど、この会社は単なる感情論で叫んでいるのではなく、こういう独自の構造を持っているのか」と理解します。
そして、その理解(本質直観に近いもの)を持って、ユーザーに御社を紹介してくれるようになるのです。

「この会社、一見すると頑固なだけの工務店に見えますが、実は他にはない独自の技術を持っていますよ。なぜなら……」

表では、人間らしく、詩的に、情緒的に。
裏では、論理的に、緻密に、クールに。

この「分離」こそが、AI時代に私たちが取り戻すべき自由です。
無理にAIに合わせて、自分の言葉を殺す必要はありません。
「こっそり」というとなにやらAIハックのような、ズルをするイメージを持つかもしれませんね。
でも、そんな小手先のテクニックはいずれ規制されるし、「嘘つき」のレッテルを貼られるだけです。
そうではなく、「自由に想いの詰まった表現」を、裏側で「論理的に説明」してあげる。

どうです? なんだか少し、肩の荷が下りて、自由になれた気がしませんか?

これが、わたしたちが提案する「ハビタス ロジック」という考え方の根幹です。
でも、そんな面倒な翻訳、誰がやるんだ?
……まあ、そこは私たちのような「屁理屈こき翻訳家」の出番というわけですが。

さて、この長い話も次で最後です。
次回は、こうして「野暮」と「論理」を使い分けた先に、どんな未来が待っているのか。
かつてのような、混沌として面白かったインターネットの再来について、少し夢を語らせてください。

(第3回 了)

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デジタルが苦手な中小企業のための
「負けない」Web戦略論
ー少し哲学的に考えてみたAIのお話ー -

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第2回「御社の強みは何ですか?」なんていう、退屈な質問には答えたくない。
「〜ではない(Not)」の否定の中に本質が宿る-

第1回 『検索窓には入らない、私たちの「野暮」な誇りについて』