#347 AI検索は「自然な言葉」で?
AI検索は「自然な言葉」で?
巷で流行るAI対策、なんかおかしい。
最近、AI検索対策を謳うデジタルマーケティングの資料などで、こんな一文をよく見かけます。
「これからのAI検索では、単語の羅列ではなく『〇〇でおすすめの会社は?』といった、より自然な言葉で質問されるようになります。だから、その言葉で推薦されるための対策が必要です」
なるほど。
しかし、インターネットの歴史とAIの仕組みをほんのちょっと知っていれば、このロジックには強い違和感を覚えるはずです。
今回は、彼らが言う「自然な言葉」への違和感と、私たちがAI時代に本当に向き合うべき言葉の形について考えてみたいと思います。
私たちは「検索されるための言葉」に飼い慣らされてきた
そもそも、彼らが言う「自然な言葉」とは何でしょうか。
振り返れば、Googleなどの検索エンジンが普及した際、私たちは機械に合わせて「本来の人間らしい言葉」を封印するように学習させられました。
上手く情報に辿り着くために、私たちは無意識のうちに「2つの不自然な作法」を身につけたのです。
一つは、「あの〇〇な会社、なんだっけ?」といった文章(生き生きとした言葉)で問いかけるのをやめ、単語と単語をスペースで区切って入力すること。
もう一つは、「懊悩 煩悶 焦燥」といった自分の内面を正確に表すような難解な単語を避け、機械が認識しやすい平均的で無難な「一般的なキーワード」に翻訳して入力することです。
感情や文脈(コンテキスト)を削ぎ落とし、最大公約数的なキーワードを羅列した方が答えが見つかる。そう学習したのです。
結果として、Webサイトを作る側も、ユーザーが検索しそうな「自然な言葉(一般的なキーワード)」をサイト内に散りばめるようになりました。そのせいで、Web上には説明的で無難な、つまらない表現ばかりが溢れかえってしまいました。
私たちは、検索エンジンとデジマ業界が作り上げた「キーワードという罠」に、まんまとはまっていたのです。
そして今、AI検索の時代になっても、デジマ業界は同じことを繰り返そうとしています。
「〇〇でおすすめの会社は?」という、検索キーワードに「てにをは」をつけただけの定型文を「新しい自然な言葉」と定義し、先回りして対策しようと呼びかけているのです。
彼らには悪気はないのでしょう。
これまでのSEOという「作業」のロジックを疑うことなく信仰し、それが正しいと信じて疑わない。だからこそ、この「自然な言葉」というアプローチがいかに不自然であるかに気づかないのです。
人間の「生き生きとした言葉」は予測できない
しかし、音声インターフェースなどが普及し、私たちが本当にAIと「会話」するようになった時、投げかけられるのはもっと「生き生きとした言葉」になるはずです。
「昨日の4チャンネルの8時くらいからやってた番組で紹介されてた、渋谷のあの会社、なんだっけ?」
「うちの社長から急に聞かれまして…〇〇の特殊加工ができる工作機械で、できれば関東圏でメンテもやってくれるところ、えーっと、どこかありましたっけ?」
人間の発する言葉は、その時の感情、曖昧な記憶、背景にある文脈(Context)という「例外の塊」です。
言葉の選び方ひとつで夫婦げんかが勃発するように、文字面だけでは測れないニュアンスに満ちています。
AI検索の進化は、私たちが長年強いられてきた「検索キーワード(いわゆる自然な言葉)を考えなければならない」という呪縛からの解放を意味します。
LLM(大規模言語モデル)は、こうした「えーっと」や「なんだっけ?」を含む複雑な文脈を読み取り、数千億、数兆のパラメーターを使って確率的に回答を生成します。
明日、誰かがどんな感情やニュアンスで、どんなにマニアックな前提条件をつけてAIに話しかけるか。それを先回りして想定し、エクセルにリストアップすることなど不可能です。
「いや、AIから正確な答えを引き出すために、ユーザー側も論理的で整理されたプロンプト(質問文)を入力するようになるはずだ。だから、その整理された質問文を想定して対策することには意味がある」と反論するひともいるかもしれません。
しかし、そもそも彼らのビジネスは「不特定多数を集客する」というモデルです。世の中の一般的なユーザーが、全員AIの特性を理解し、理路整然としたプロンプトを使いこなすようになるという想定自体が、現実の大衆行動を無視したピント外れなものです。
大多数の人は、これまで以上に気を抜いた、ある意味いい加減で論理的ではない言葉でAIに話しかけるようになるのがそれこそ自然な流れです。
百歩譲って、機械に合わせて論理的で条件が整理された問いを組み立てるユーザーがいたとしましょう。
しかし、その場合でも彼らの対策は機能しません。なぜなら、質問が論理的で条件が厳密になればなるほど、AIが必要とするのは「〇〇でおすすめ!」といった表層的な宣伝文句(テキストの型)ではなく、その厳密な条件(フィルタリング)の照合に応えるための確固たる「事実(ファクト)」になるからです。
大多数を占める「論理的ではない揺らぎのある質問」に対しても、一部の「理路整然とした質問」に対しても、「特定の『自然な言葉(フレーズ)』を先回りして表側のテキストに散りばめておく」というアプローチ自体が、的外れな努力と言わざるを得ないのです。
予測を諦め、事実を「登記」する
AIが、人間特有の「生き生きとした言葉(論理的ではない質問)」をどう処理しているのか。それは、論理的に整理されていない揺らぎのある文脈の中から意図を汲み取り、それに合致する「事実」を探し出す作業です。
だからこそ、私たちがやるべきことは明確です。
無限のバリエーションを持つ「自然な言葉」を先回り予測するゲームから降りること。
そして、AIがどんな論理的ではない質問をされたとしても、推論の確固たる土台となる自社の「事実(Fact)」を、誤解のないように裏側へ設置しておくことです。
わたしたちが提唱する「LLMO(大規模言語モデル最適化)」とは、人間の情緒的で生き生きとした言葉をサイトの表層に残したまま、AIに対しては「構造化データ」という冷徹な論理コードを用いて、自社の実存をデジタル上に「登記」する作業です。
AIの進化によって、私たちはやっと「機械のための不自然な言葉」を書く作業から解放されます。
予測不能な未来に対して企業ができる唯一の誠実な対策は、小手先のハックではなく、自社の定義をブレずに、冷徹に提示し続けることだけなのです。
