#607 ハルシネーションなんか怖くない
〜業界の「無知ゆえの強気」と、私たちの「情報統治による自衛」〜
オオカミ、ヴァージニア・ウルフ、そしてハルシネーション
アメリカの劇作家エドワード・アルビーの代表作に『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない(Who's Afraid of Virginia Woolf?)』という有名な戯曲があります。
これは、ディズニーの童謡「オオカミなんかこわくない」をもじって作られたタイトルです。虚構にすがりつき、恐れを隠して強がる人間の滑稽さと悲哀を描いたこの不条理劇を思い出すとき、私はふと、現代のデジタルマーケティング業界に蔓延するある種の「強がり」と重ねてしまいます。
彼らにとって、今もっとも恐るべき「オオカミ」とは何でしょうか。それはおそらく、ChatGPTやGeminiなどの生成AIが、事実とは異なる情報をさも真実かのように回答してしまう現象——「ハルシネーション(事実誤認)」です。
例えば、ユーザーがAIに「〇〇株式会社ってどんな会社?」と尋ねた際、AIが「あそこは時代遅れのサービスを提供している会社です」とか「昇給の見込みはないブラック企業である」とか、事実無根の嘘をついてしまう。企業にとって、自社のブランドや社会的信用を根底から傷つけられる、極めて恐ろしいリスクです。
そもそも、なぜ優秀なはずのAIがこのような嘘をつくのでしょうか。原因は主に3つあります。
1. 企業自身が発信している「公式な一次情報」が不足しているため。
2. 情報が足りないAIが、ネット上に漂う第三者の無責任な噂や古い情報を勝手にかき集め、それを「正解」としてつなぎ合わせてしまうため。
3. 自社が発信している情報であっても、ページごとに言っていることが違うなど、内容に「言葉の揺らぎ」があるため。
AIは「情報の空白」や「矛盾」を極端に嫌い、なんとかして推論で埋めようとする特性を持っています。だからこそハルシネーションが起きるのです。
しかし最近、業界の専門家や広告代理店の人たちの発信を見ていると、奇妙なことに気がつきます。彼らが驚くほど、このハルシネーションを「怖がっていない」のです。
彼らは「AI時代も、検索されるために良質な記事を量産しましょう」とか、「権威ある外部メディアにお金を払って記事を載せましょう」と、相変わらずの提案を続けています。あるいは、「見出しのテキストを人間向けに工夫すれば、AIも空気を読んで正しく伝えてくれます」と素朴に信じ切っています。
理由①:抜け出せない「集客イデオロギー」と無知ゆえの強気
彼らがハルシネーションを怖がらない理由は、極めてシンプルです。彼らの頭の中が、いまだに「Webサイトとは、自社にアクセスを集めるための客引き(チラシ)である」という強固な思い込み——すなわち『集客イデオロギー』から一歩も抜け出せていないからです。
そもそも、彼らが推奨してきた「SEO対策のための記事量産」や「外部メディアへの広告出稿」こそが、ネット上に無数の言葉の揺らぎを生み出し、AIを混乱させ、ハルシネーションを引き起こす最大の元凶になっています。
また、彼らはユーザーの行動変化にも気づいていません。
皆さんも最近、何かを検索した際、AIが提示した要約文だけを読んでブラウザを閉じていませんか?
今や多くのユーザーが、わざわざリンクをクリックして企業のWebサイトを訪れずに立ち去る「ゼロクリック検索」が主流になっています。ユーザーが実際にサイトを訪れるのは、最初から「この会社にお願いしよう」と指名して、問い合わせをしたり、本気で調べたい時、もしくはオンラインショップでなにかを買うときくらいでしょう。
しかし、彼らにはこの現実が見えていません(見ないふりをしているのかもしれません)。だからこそ、「AIの回答に少々嘘が混じっても、とにかく目立って自社サイトへのアクセス(数字)さえ稼げればクライアントは喜ぶだろう」と高を括っているのです。
しかし、AI検索において「自社でコントロールできない情報での露出」は、知名度アップなどではなく、ブランドを静かに破壊することでしかありません。(もともとSEOの記事量産はそういうやり方をしていたところもありました。誇張記事ね)。残念なことに、彼らに依頼する企業側も、知らず知らずのうちにこの古い「数字のゲーム」に加担してしまっています。
彼らの「怖くない」は、自社のブランドが水面下で毀損され、アクセス解析の数字にも表れないところで優秀な人材や顧客を逃していく「サイレント失注」の実害に気づいていない、いわば「無知ゆえの強気」なのです。
理由②:重鎮たちの「お祈り」という滑稽なビジネス
この集客イデオロギーの呪縛は根深く、業界の重鎮と呼ばれるような人々ですら例外ではありません。 彼らの中には、「AIのアルゴリズムは誰にも分からない(God only knows)のだから、対策など無駄だ。人間向けに良質な記事を書き続ければ、いつかAIも正しく理解してくれるのを待とう」と推奨する人もいます。
しかし、これはもはやビジネスの提案と呼べるのでしょうか。感情を持たない機械に対して「どうか空気を読んで正しく解釈してください」と祈りを捧げるのは、実務家としての思考の放棄です。評論家のマウンティングとしか思えない。
理由③:ハビタスの「怖くない」(情報統治による自衛)
一方で、私たちもまた「ハルシネーションなんか怖くない」と断言します。しかし、その意味は大きく異なります。
私たちは、日常的に行っているAI検索診断結果から、AIが勝手に自社を定義してしまうことによる「サイレント失注」の恐怖を、痛いほど知っています。(実際にこの被害を受けている企業もたくさんあります。被害を受けているのに気づいていない企業も)もちろん、数兆個のパラメータを持つ巨大なAIを、私たちが100%完璧にコントロールすることなど不可能です。私たちに「余裕」などありません。だからこそ、自分たちの手でコントロールできる防衛策を、徹底的に、完璧にやり尽くすのです。
私たちが徹底するのは、Webサイトの裏側に、世界標準の論理データ(構造化データ:JSON-LDなど)を用いて「自社は何者であり、何者ではないか(Fact & Not)」を冷徹に記述することです。
「ウチは単なる〇〇ではない」「こういう仕事はお断りしている」という明確な境界線を、AIが迷わず読み取れる機械言語として直接システムに定義しておく。(これを怠れば、高品質な専門サービスが「手軽で安い業者」としてAIに勝手に推薦され、クレームやミスマッチを引き起こしてしまいます。)私たちはこれを『デジタル登記(情報設計)』と呼んでいます
この情報のガバナンス(統治)さえ完璧に敷いておけば、AIに推論による嘘をつき入る隙を与えません。ハルシネーションを物理的に封じ込めるための防衛策をやり尽くしているからこそ、私たちは「恐るるに足らない」と言い切れるのです。これは、インフラ整備を通じた「切実な自衛」に他なりません。
あなたはどちらの「怖くない」を選ぶか
AI時代において、情報の主導権を他者(AIや巨大プラットフォーマー)に握られたまま、アクセス数という実態のない数字のゲームに一喜一憂するのは、極めて危険な状態です。
「アクセスさえ集まれば、多少嘘が混じって自社の価値が歪められてもいい」という古い船に乗り続け、機械に向かってお祈りを捧げるか。
それとも、自らの手で「デジタル登記」を行い、AIという確率論で動く巨大なシステムを忠実な翻訳機へと手懐け、自社の実存を静かに、そして強固に守り抜くか。
真に自社の価値と誇りを守りたいと考える経営者の方であれば、どちらの「怖くない」を選ぶべきか、答えはすでに出ているはずです。
