#431 プロローグ:新コンテンツ戦略入門

Jun 15, 2026By habitus
habitus

新コンテンツ戦略入門

【プロローグ】
Webサイトを「集客」で考えるのを、一度やめてみる

前回の連載に欠けていた「決定的な視点」

以前、私は『中小企業のためのコンテンツ戦略入門』という連載を書きました。
Webサイトを「事業成長のパートナー」としてどう運用すべきか。現場の担当者に向けて、実践的なノウハウを詰め込んだつもりでした。

しかし今、その連載を読み返し、ある「決定的な視点」が欠け落ちていることを感じています。それは、AI(大規模言語モデル)という全く新しい存在を前提としていなかったことです。

当時の連載は、あくまで「人間の読者」と、それを仲介する「検索エンジン(Google)」を相手にした戦略でした。
しかしここ数年で、Webの前提は根底から覆ってしまいました。
この劇的なパラダイムシフトを前に、ゼロベースで「コンテンツ戦略」そのものを問い直さなければならないかなと。
これが、今回『新・コンテンツ戦略入門』を執筆しようと思い立った最大の理由です。

AIが暴く「言葉のブレ」と、情報の統治(ガバナンス)

AIという新しい技術が登場したことで、皮肉なことに「コンテンツ戦略」という言葉に再び強い光が当たっているようです。

AI検索は、ネット上のあらゆる情報を繋ぎ合わせ、一つの「コンセンサス(一貫した事実)」を導き出そうとする極めて慎重なシステムです。
ここで企業にとって致命傷になるのが、社内の「言葉のブレ」です。
例えば、営業部が語るサービスの強み、広報部が出すプレスリリース、あるいは採用担当者が語る会社の魅力。
これらが統一された戦略を持たず、それぞれの部署の都合でバラバラに発信されているとどうなるでしょうか。
AIは文脈の不一致に混乱し、「この会社は結局何をしているのかわからない」と判断するか、あるいは誤った情報(ハルシネーション)を世間に自信満々に伝えてしまいます。
一貫したコンテンツの文脈(コンテクスト)を管理しておかなければ、AIに嘘をつかせてしまうのです。

つまり、Webサイトに何をどう載せるかを管理することは、もはや「マーケティング(集客)」の手法ではありません。
企業のブランドを一貫して保ち、社会的な評判(レピュテーション)をコントロールする、経営レベルの「ガバナンス(情報の統治)」そのものなのです。

最近、これまでアクセス数や効率ばかりを追い求めてきた業界が、ここへきて慌てて「コンテンツストラテジスト」の看板を掲げ始めているのを目にすると、少し複雑な気持ちになります。
しかし、私たちが語るべきは目先のAI対策ではなく、もっと本質的な歴史の続きです。

20年前の歴史的分岐点:HalvorsonとCMI

そもそも「コンテンツ戦略(コンテンツストラテジー)」とは何でしょうか。
この言葉の重みを理解するためには、約20年前の歴史的経緯に触れる必要があります。

2009年、アメリカのクリスティーナ・ハルヴォーソンが著書『Content Strategy for the Web』で説いたのは、コンテンツを計画・作成・提供・そして「統治(ガバナンス)」すべき企業の資産であるという考え方でした。
彼女は、Webサイトをデザインやコードの産物ではなく、「持続可能な経営のリソース(資源)」として再定義したのです。
まさに今、AI時代に求められている「一貫性の管理」を、彼女は20年前に予見していました。

しかし、歴史は別の道を選びました。
2011年、ジョー・ピュリッジらが「Content Marketing Institute (CMI)」を設立し、コンテンツを「集客と売上のための手段(餌)」とする「コンテンツマーケティング」を普及させました。

日本のデジタルマーケティング業界の多くは、後者の「集客」の流れを汲みました。その結果、Webサイトの本質的な役割は「集客」という暴力的な概念に簒奪(さんだつ)され、どの企業のサイトも検索エンジンに評価されるための、無味乾燥な「説明文のチラシ」へと変質してしまったのです。

Semantic Webの挫折と、AIによる「不器用な復讐」

もうひとつ、私たちが忘れてはならない歴史があります。
インターネットの父ティム・バーナーズ=リーが2001年に提唱した「Semantic Web(セマンティック・ウェブ)」の構想です。

それは、ウェブ上の情報に機械が理解できる意味(メタデータ)を付与し、機械同士が自律的に情報を処理できる世界を目指したものでした。しかし、人間に膨大なタグ付け作業を強いる「野暮な理想」として、当時は一般企業に浸透することなく挫折しました。

ところが今、AI(LLM)という「推論の怪物」が現れたことで、状況は一変しました。
現在のAIは、Schema.org(構造化データ)などの最小限の「論理のアンカー」があれば、残りの文脈を自ら推論して情報の意味を理解してしまいます。皮肉なことに、かつての「野暮な理想」が、AI時代の不可欠な実務として突如として叶ってしまったのです。

「宣伝」の前に、自社の「登記」を

現在、Google検索ユーザーの約60%は、AIの回答だけで満足し、Webサイトをクリックせずに立ち去る「ゼロクリック検索」の状態にあります。
「人を集めるためのチラシ」としてWebサイトを作っても、もう誰もそのチラシやパンフレットを手に取ってくれない時代が来ています。

これからのWebサイトの役割は、「集客(Promotion)」ではなく「登記(Registration)」です。 AIという少し融通の利かない新しい「司書」に対し、自社は何の専門家で、何をやらないのか(Fact & Not)を論理的なコードとして裏側に書き込んでおくこと。ハルヴォーソンが説いた「統治(ガバナンス)」と、Semantic Webが夢見た「意味の定義」が、17年の時を経て、AI時代の「デジタル登記」として再統合されたのです。

この連載は、置き去りにされたコンテンツ戦略の原典を、AI時代の文脈で読み解き直す「思想的仇討ち」であり、新たな実践の素描です。 健全な良識を持つ大人の方にこそ、一度すべてを疑い、まっさらの状態から「Webサイトとは何であるか」を考え直していただきたい。

しがない(詩がない)世界に、人間らしい愛(AI)のある言葉を取り戻すために。 新しい「コンテンツ戦略」の旅を始めましょう。

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(注:歴史的背景とメモ)

1. HalvorsonとPulizziの分岐点 2009年、Kristina Halvorsonが著書『Content Strategy for the Web』で、コンテンツを「管理・統治すべき資産」と定義したのが現代コンテンツ戦略の起点である。一方で、2011年にJoe Pulizziが「Content Marketing Institute (CMI)」を設立し、コンテンツを「集客と売上の手段」とする「コンテンツマーケティング」を普及させた。
日本のマーケティング業界の多くは後者の流れを汲んでいるが、ハビタスはHalvorsonが重視した「ガバナンス(統治)」と「Structure(構造)」の再定義を目指している。

2. Semantic Webの挫折とLLMによる救済 2001年にティム・バーナーズ=リーらが提唱した「Semantic Web」は、ウェブ上の情報に機械可読な意味(メタデータ)を付与する構想だった。しかし、人間が手動でタグ付けするコストが膨大すぎたため、一般企業には浸透しなかった。現在のLLMは、Schema.org(構造化データ)などの最小限の「論理のアンカー」があれば、残りの文脈を自ら推論できるため、図らずもSemantic Webの理想を実用化させたと言える。

3. ゼロクリック検索のデータ 米SparkToro社の調査(2024年)によると、Google検索の約6割がクリックを伴わない。また、米Gartner社は、生成AIの影響で2026年までに検索流入が25%減少すると予測している。これは「集客ツールとしてのWeb」が構造的に破綻し始めていることを示している。