#449 第4章:人間には「詩(情緒)」を、AIには「論理」を

Jun 22, 2026By habitus
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新コンテンツ戦略入門

第4章:人間には「詩(情緒)」を、AIには「論理」を

―説明過多なWebからの脱出と、クリエイターの復権

クリエイターが「オペレーター」に成り下がった20年

少し、Web制作の現場の裏話をします。 
かつて、Webデザイナーやコピーライターという職業は、企業の魅力や哲学をどうすれば画面越しに伝えられるかを考え抜く、自由でクリエイティブな仕事でした 。 

しかし、ここ十数年、Webサイトは「集客」という物差しに支配されてきました。その結果、作り手であるデザイナーも疲弊していったのです。
「スマホ対応」「SEO要件」……無数の縛りの中で、クリエイティブを発揮する余地は失われ、Webデザインは「客の好みに合わせてパーツを配置する作業」に成り下がってしまいました。 

「制約の中で作るのがプロの仕事だ」と自分を納得させながらも、本来の才能を持った人たちが「Webはつまらない」と去っていく姿を、私は何人も見てきました。残ったのは、制約の中でそれなりに処理できる「優秀なオペレーター」ばかりになってしまったのではないでしょうか。依頼する側も優秀なクリエータを見分けることができず、オペレータとして優秀な人を優秀なクリエータと認識するようになっていったのではないか?

「戦略的二枚舌」がもたらす解放

しかし、AI検索の台頭と「デジタル登記(LLMO)」という概念が、この悲劇的な状況を終わらせてくれます 。 

前回お話しした通り、AIという融通の利かない「司書」には、裏側の「構造化データ」という冷徹な論理コードで自社の事実を登記すべきです。この「裏側の登記」を済ませることで、多くのメリットがもたらされます。 

裏側でAIに対して「ウチの会社はこういう事実(Fact)を持ち、こういう仕事はしない(Not)」という論理のアンカーをガッチリと下ろしてしまえば、表側のWebサイトは、もはや機械の顔色をうかがう必要がなくなるのです。 

SEOのために押し付けられた退屈な説明文や、不自然なキーワードの羅列はすべて裏側に追い出してしまえばいい。そうすれば、私たちが目にする表側の画面には、何を書くことも自由になるのです。 

試される「すっぴんの実力」

ただし、ここで私たちは、かつてないほど「キツイ」現実に直面することになります。

それは、会社もクリエイターも、「すっぴん(丸裸)の実力」を問われるということです。

これまでは「SEOのルールだから」「他社もやっているから」という言い訳の中に隠れることができました。しかし、AIによって裏側の論理が整理され、表側で自由な表現を許されたとき、AIも顧客もこう問いかけてきます。

「で、お前の会社は一体何者なんだ? 何のために存在しているんだ?」

会社側は、自分たちが何者であるか、何ができて何ができないのかを、小手先のハックなしに語らなければなりません。そしてそれを受け取るクリエイターもまた、説明的な文章を構成するだけの作業から、人間の心を本気で揺さぶる「創造」へと、自分たちの知らない能力を試されることになるのです。

これは、ある意味ではキツイことでしょう。オペレーター的な作業を「デザイン」だと思っていた人たちにとっては、逃げ場のない戦いになるでしょう。しかし、これは同時に、最高の「悦び」でもあります。本気のクリエイティブが再び問われるようになるわけですから。

自由という名の、新しい「仕事」への招待

ハルヴォーソンが原典で説いた「Substance(実質)」とは、AI時代においては、まさにこの「人間らしさ(体温)の回復」に他なりません。

私は、世のクリエイターやライター、そして経営者に伝えたいと思っています。

もう、機械のためのつまらない説明文を書くのはやめにしましょう。
オペレーターとしての作業はAIに任せればいい。

あなたたちが本来持っていたはずの、言葉の余韻や職人の情熱を、再びWebサイトの主役にする。言い訳としてのSEOを捨て、クリエータの創造性を引き出す。そして、本当の「すっぴんの実力」で勝負する。

それこそが、AI時代における、最も誇り高く、人間らしいWeb戦略の在り方だと、私は思っています。

さて、こうして「論理」と「情緒」を美しく編み上げたWebサイトが完成したとしても、会社は生き物です。日々変化するその「知性」を、誰が、どのように維持していくのか。

次回は、コンテンツ戦略の総仕上げであり、経営層が最も直視すべきテーマ「Governance(統制)」と、組織の在り方についてお話しします。