#151 第10回 Webサイト発注の教科書 「どうでもいい仕事」からの脱却

「どうでもいい仕事」からの脱却
~Webサイトを「意味ある仕事」に変える、発注者の矜持~
「Webサイトは、なぜこんなにも時間と労力、そしてお金がかかるのに、期待した成果が出ないのだろう?」
この連載を通じて、私たちはWebサイト制作・運用にまつわる数々の「あるある」と、その根底にある「認識のギャップ」や「構造的な問題」を掘り下げてきました。ウソのような本当の話もいくつか提示できたのではないか?と思います。いくらなんでもこんなことないよね…といっているご本人がおなじことをやってしまうってのもよくあることなのです。 まだまだ、Webサイトについて本当に理解されていないんだなぁ…と改めて思ったりしています。 そして、わたしたちがいう話ではないのかもしれませんが、ここにビジネスにおけるデジタル格差が確実に開いてしまっているという現象のひとまずの答えでもありそうです。
その全ての課題の背景には、Webサイトの仕事が「ブルシット・ジョブ化」してしまうリスクが横たわっています。 ブルシット・ジョブとは、文化人類学者デヴィッド・グレーバーが提唱した「従事者本人すら、世界に何一つ貢献していないと感じる仕事」のことです。Webサイト制作・運用は、本来、企業の事業の中核を担う最も重要な仕事であるにもかかわらず、そのプロセスや構造が歪むことで、無意味な作業の連鎖を生み出してしまうのです。 なんだか物知り顔に「ブルシットジョブ」なんてことを書いてみましたけど、この本が結構話題になったのも、多くの人(ホワイトカラー)が「そうなんだよなぁ…」と思ってしまうからだと思うのです。別にデジタルの仕事に関してだけのことではないのですが、ことさらわたしたちが関わっているが故にその要素は強く感じられます。
Webサイトがなければ、あなたの会社は立ち行かなくなる
Webサイトの仕事が「片手間」で済まされたり、周囲の協力や理解が得られなかったりするのは、残念ながら多くの人がWebサイトの重要性を正しく認識していないからです。いや、重要だとはわかっているのかも。 そのリアリティを感じていないのかもしれません。 しかし、現代のビジネス環境において、Webサイトがなければ、あなたの会社は本当に立ち行かなくなります。
かつての営業・広報活動は、もはや通用しません。
顧客への電話アポイント: 相手にされません。
飛び込みオフィス訪問: セキュリティでビルにすら入れません。
会社案内・パンフレット: ゴミ箱に直行です。
郵便などのDM: 同様にゴミ箱直行です。
社長や営業マンの個人的人脈: 素晴らしい資産ですが、限界があります。
Webサイト(とその周辺のデジタル環境)こそが、顧客に「発見」され、「信用」され、「比較検討」される、現代のビジネスにおける唯一無二の受付窓口であり、営業マンであり、広報担当者です。
Webサイトと書いていますけど、企業のデジタルにおける窓口として最もよく知られて、わかりやすいからそう書いています。実際そうでしょう。
この連載ではそのデジタルの窓口であるWeb担当者に向けて、Webサイトはどのようなものであればいいのか?それをどう構築して運用すればいいのか?さらには外部の制作会社とどう付き合えばいいのか?を軸に書いてきました。それは担当者の方や経営者層が思っている以上に重要な役割を担っているのだということを知ってもらいたいからです。
企業にとっては有名な大企業でもない限り、アナタの会社がなんという社名で、何を提供しているのか?、どういうサービスを提供してくれるのか、デジタルを利用しない限り誰にも知られないのです。(これは恐怖ですよね)
優れた人材を抱え、素敵なサービスや商品があるにもかかわらず、誰にも知られない。 ビジネスの本戦に出ることなく「予選落ち」してしまうわけです。
予選落ちがもたらす現実
誰もが必ず本戦で1位になれるわけではないのですが、予選に落ちてしまうと、出場していたことすら知られません。そして、その影響は顧客獲得に留まりません。
・採用が困難になる: 優秀な若手人材は、まず企業のWebサイトを見て「この会社、動いているか?未来があるか?」を判断します。Webサイトが古い、あるいは放置されているだけで、魅力的な企業として採用市場で予選落ちします。
・金融機関からの評価が下がる: 銀行や投資家は、企業の「デジタル投資」と「情報開示の姿勢」を見て、その企業の成長性と健全性を判断します。Webサイトの軽視は、事業継続性への意欲がないと見なされかねません。
・協業の機会を失う: 新しいビジネスパートナーや大企業は、Webサイトを通じて「この会社と組むメリットがあるか」を瞬時に判断します。Webサイトが未整備なだけで、パートナー候補のリストから静かに除外されます。
そう、担当者のあなたは極めて重要な仕事に関わっているのです。 この最も重要な「事業の中核」を、片手間や無理解のまま放置することは、会社全体がデジタル時代に取り残されることを意味します。Webサイトがなければ、会社そのものが立ち行かなくなるのです。

「安易な数字」と「無意味さの連鎖」を断ち切る
「Web広告は盛況なのに、なぜ Webサイトは成果が出ないのか?」 それは、受け皿となるコンテンツが練られておらず、安易なマーケティング手法がその隙を突いているからです。一時的なPV増加を機械的に処理するだけの仕事は、まさにブルシット・ジョブの典型です。
しかし、私たちは、自分の人生の多くの部分を占める「仕事」を、無意味なテキトーなもので終わらせたい人ばかりではないと知っています。 Webの運用というある意味地味な仕事をコツコツと積み上げてきた担当者が、成果を出すことで仕事が楽しく、充実し、社内の評価もあがり、会社のWebサイトへの注目度も貢献度もあがった例をいくつも見ています。 もちろん小さな失敗はたくさんあるのです。それも含めて試行錯誤することの意味は大きい。
Web担当者の仕事は、会社にとって極めて重要なものであり、それに関わることは事業の中核に関わることです。
経営層はこのことをもっと考えた方がいいと思います。わからないから、難しいから、聞きかじって成果が出ないから、関係ないから…と言って他の方法を探し出せずにいるのは、もったいないし、ビジネスとしては致命傷です。探し出す前に会社が沈没してもおかしくないのです。 Webサイトをこの「無意味さの連鎖」から救い出し、真の「資産」に変えるために、発注者であるあなたにできる行動は、たった一つ、シンプルです。
それは、「思考」と「協業」を絶対に放棄しないことです。
Webサイトを「意味ある仕事」へと昇華させるための具体的な行動指針を、これまでの連載の総括として提示します。
(1)「発注」を「思考の表明」と捉え直す
(第3回、第4回を総括) 「いい感じに」と丸投げするのではなく、Webサイトの「目的」「ターゲット」「理念の核」という設計図を、自らが描き、言語化する。 本来、これらは経営層の仕事です。だから経営者が自ら取り組むのが最もよいのですが、会社の組織構造がなかなかそのようにできていないことが多い。ここはひとつwebの担当者が頑張るのです。もちろん中小零細企業であれば、社長直々に取り組まれることをオススメします。
そして、あなたの「頭の中にある期待」を、制作会社に正確に伝えることを、Webサイト発注の「最初の義務」と位置づける。
(2)「お金」を「成長へのリソース」と捉え直す
(第5回、第8回を総括) Webサイトの費用を「コスト」ではなく「未来を育てる投資」と捉える。運用費を渋ることは、優秀な営業マンを採用しながら給料を払わないのと同じだと自覚する。 ここはちょっと本人も自覚していないかもしれませんが、デジタル嫌いが顔をのぞかせるところでもあるのです。 Web運用費=給料とはなかなか思えない。人ではないからです。運用費を渋ることは「ヒトデナシ」だと言っておきましょう。
安易なLPやSEOに飛びつく前に、コンテンツという「土台」に投資するという優先順位を社内で徹底する。 以前の「コンテンツ戦略入門」で何度も書いたのですけど、Webサイトにとって最も重要なのはコンテンツなのです。そのことを肝に銘じる。しかし、コンテンツといってもただの情報の羅列ではない。ここで言うコンテンツとは「伝える・伝わる」ことを十分に吟味したものを指します。熟考しましょう。
(3)「介入」を「対話」へと昇華させる
(第7回、第9回を総括)Webの担当者は、上司の「鶴の一声」やデザインへの「なんとなく」の指示を、感情的に受け止めず、「その裏にある真の目的は何ですか?」とロジックで掘り下げて対話する。たいしたロジックではないのです。通常のビジネス上の理屈として話をすればいいのです。難しくはない。
制作会社を「共に上司を説得する専門家」として味方につけ、社内の無理解に立ち向かう。制作会社は喜んで協力してくれるはずです。これを手伝ってくれない制作会社には見切りを付けましょう。
(4)「御用聞き」から「プロデューサー」への昇格
(第6回、第9回を総括) 社内の「御用聞き」という役割を脱ぎ捨て、Webサイトプロジェクトの「リーダー」として立ち上がる。必要な権限を会社に伝え、獲得し、自ら責任を持って社内の意思決定を迅速にする。Web担当者とは、会社がデジタル時代に取り残されないために、この「地味で骨の折れる仕事」を引き受ける、真のプロデューサーなのです。自らの仕事を意味あるものに、充実したものにするためにはこれくらいは誰もができるはずです。昔からいうように、仕事を楽しいものに意味あるものにするにはいくつかのしんどいことをクリアしてはじめてその充足を得られる。少なくとも会社(経営層?)はそういう人材を望んでいるのです。オペレーション業務ではないのです。
最高の仕事は、最高の協業から生まれる
Good Job!!!♥︎
大袈裟だよと言われるかもしれませんが、あえて書いてみました。 Webサイト制作とは、単にデジタルなアウトプットを作るプロセスではありません。それは、あなたの会社がデジタル時代にどう生きるのか、その「発注者の矜持(きょうじ)」を問うものです。 上から任された、任命されたからといって、テキトーにやるのではなく、そこには必ず重要な意味があるのです。 会社のWebサイトを前にして、疑問に感じるかもしれません。でも、ひとまずそこに一生懸命取り組んでみる。相談相手はいくらでもいます。わたしたちもその一翼を担えればといつも思っています。ご相談ください。
この連載を読んで、Webサイト制作の本質を理解し、その重要性を自覚してくれたあなたとなら、私たちは最高の仕事ができると確信しています。なぜなら、あなたが「思考」と「協業」という、最も重要な材料を持ってくれているからです。ふふ。楽しみです。
ハビタスは、Webサイトを「自社媒体」として捉え、その本質的な価値を追求し続ける、そんな発注者の方々とぜひ一緒に仕事をしたいと願っています。
長きにわたり本連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。あなたのWebサイトが、真の「資産」となり、あなたの仕事が「意味ある仕事」へと昇華することを、心より願ってやみません。
とか、書きつつ、ちょっと次回は番外編書いてみる予定です。お楽しみに…って楽しみにしてくれればいいのですが。
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【Webサイト発注の教科書】
まえがき
Webサイト発注の教科書
『Webサイト発注の教科書-なぜ、あなたのWebサイトは思ったとおりにならないのか?』の「まえがき」のようなもの
制作会社との上手な付き合い方 / Web担当者マニュアル / 発注の仕方
「Webサイトが成果を出せない理由」~Webサイトを「片手間仕事」にしないための担当者選び~
「Web担当者」にまつわる「無意識のすれ違い」 / Webサイトが「期待外れ」になる本当の理由:担当者の「認識ギャップ / Web担当者として「仕事をもっと面白くする」ためのヒント /
「作って終わり」の幻想が会社を蝕む理由 / Webサイトは「生きたツール」なのに、なぜ「作ったきり」に? / 放置されたWebサイトが「お荷物」になる3つの理由 / Webサイトは「完成品」ではない。常に「育てる」資産です。
「Web制作 提案が合わない」~「発注」という最初の落とし穴~
「丸投げ」は危険!なぜなら、あなたの「期待」は伝わらないから / Webサイトの「設計図」は、あなたが描くべきもの / 「言われた通り」に作った結果、Webサイトは破綻する
「サイトリニューアル 準備」~「見えないコスト」を劇的に削減する発注準備のステップ~
なぜ、あなたの会社のWebサイトは「なんとなく」でしか作れないのか? / 「見えないコスト」を削減する!Webサイト制作の3つの「思考」ステップ / 「めんどくさい」は、「無駄なコスト」への第一歩
第5回 Webサイト発注の教科書「Web制作相場とコンペの罠」
Webサイト制作の「残念な現実」と「賢い制作会社選び」
コンペが「相場探し」に終わってしまう理由 / 「Webサイトって、結局いくらくらいかかるものなの?」 / 制作会社は「コンペの本気度」を簡単に見抜いている / 「プロ」の看板が泣いている。Web制作の残念な現実 / 本当に「賢い制作会社選び」とは?
~なぜ、あなたのWebサイトは「完成しない」のか?~
Webサイト制作は「ひとりの職人技」から「多様な専門家の協業」へ / プロジェクトを停滞させる最大の原因は「発注側社内の遅れ」 / プロジェクトを停滞させない!Web担当者が果たすべき「橋渡し役」の使命
〜「なんとなく」の指示がクリエイターを殺す〜
「デザイン案をいくつか」がもたらす悲劇 / 「デザインセンス」という名の「好み」の押しつけ / 本当に「いいデザイン」が欲しいなら
~なぜ、あなたのWebサイトは「費用対効果」が見えないのか?~
Webサイトは「モノ」ではない。「未来への投資」です / Webサイトの費用は、単なる制作物への対価ではありません。 / 「数字」という名の落とし穴:PV増加至上主義 / KPIの形骸化と安易なトレンドへの無駄な投資 / 「数字」に惑わされないための、たった一つの真実
~上司の「鶴の一声」がサイトを壊すメカニズム~
Webサイトをぶち壊す「三つの鶴の一声」 / Web担当者が果たすべき「権限の獲得」というリーダーシップ / 「鶴の一声」を「建設的な議論」に変える橋渡し術
第10回 Webサイト発注の教科書 「どうでもいい仕事」からの脱却
~Webサイトを「意味ある仕事」に変える、発注者の矜持~
Webサイトがなければ、あなたの会社は立ち行かなくなる / 予選落ちがもたらす現実 / 「安易な数字」と「無意味さの連鎖」を断ち切る / 最高の仕事は、最高の協業から生まれる
